纏向古墳群の東から北にかけて展開する、この渋谷向山古墳、行燈山古墳、黒塚古墳をまとめて柳本古墳群と称する。渋谷向山古墳の墳形は前方後円形で、前方部を西に向ける。墳丘は後円部で４段築成、前方部で３段築成。墳丘長は300ｍとされ全国第８位、奈良県では五条野丸山古墳（橿原市、310ｍ）に次ぐ第２位、柳本古墳群では最大規模である。後円部直径は168ｍ、高さ25ｍ、前方部幅は170ｍ、高さ23ｍ。
渋谷向山古墳の墳丘周囲には１kｍにも及ぶ周濠が巡らされ、後円部側６ヶ所・前方部側４ヶ所で渡堤により区切られる（傾斜地での湛水のため）。陪塚的性格を持つ古墳数基もある。出土品として円筒埴輪（普通・鰭付円筒埴輪・朝顔形埴輪）・形象埴輪（蓋形埴輪・盾形埴輪）のほか、江戸時代に出土したと伝わる石枕（国の重文）等がある。出土埴輪から古墳時代前期後半の４世紀後半（または中頃）の築造と推定されている。
被葬者は不明だが、安政２年（1855）に江戸幕府により崇神天皇陵に考定され、慶応元年（1865）に景行天皇陵に改定された。明治期より宮内省（現、宮内庁）は景行天皇陵に治定している。景行天皇陵について、『古事記』では「山辺之道上」の所在とあり、『日本書紀』では「山辺道上陵」とあり、崇神天皇陵と同名となっている。考古学会ではヤマト王権の大王墓の一つとされ、初代大王墓とされる箸墓古墳より数代後に位置付けている。しかし、石渡信一郎は、景行天皇は倭の五王・讃（イニシキイリヒコ）の虚像であり、行燈山古墳（いわゆる崇神天皇陵）の被葬者で古墳の築造は440年代末頃としている。そして、渋谷向山古墳の被葬者は垂仁天皇（高）で古墳の築造は420年代前半としている。もちろん、『日本書紀』と『古事記』の記事を読み解いて、在位年代と土師器の型式を崇神（旨）（342〜379、庄内０式〜３式）・垂仁（高）（380〜409、布留０式）・讃（イニシキイリヒコ）（410〜437、布留１式）とそれぞれ一致するという。
黒塚古墳展示館に展示されていた航空写真で見ると、墳丘長約300ｍと巨大な渋谷向山古墳は前方部を西に向け、前方部の北に陪塚的性格を持つ上の山古墳があり、その北に行燈山古墳が横たわっている。上の山古墳では周濠も確認され、葺石・多量の埴輪・板材が発掘されている。
渋谷向山古墳の北約１kｍに行燈山古墳がある。被葬者は不明だが、安政２年（1855）に江戸幕府により景行天皇陵に治定され、慶応元年（1865）に崇神天皇陵に治定変更された。明治期より宮内省（現、宮内庁）は「山辺道勾岡上陵」として第10代崇神天皇陵に治定している。古墳時代前期後半の４世紀前半頃、柳本古墳群では渋谷向山古墳に先行する時期の築造とされ、同古墳とともに初期ヤマト王権の大王墓とされる。
行燈山古墳の墳形は前方後円墳で、前方部を北西に向ける。墳丘は３段築成、墳丘長は242ｍで、後円部の直径は158ｍ、高さは31ｍ。前方部の幅は100ｍ、高さは13.6ｍである。墳丘外表で葺石・埴輪が検出されている。墳丘周囲には盾形の周濠が巡らされ、陪塚的性格を持つ古墳数基の築造も認められる。埋葬施設は後円部における竪穴式石室と推定される。
出土遺物としては円形埴輪・土師器・須恵器のほか、江戸時代の修陵の際に出土した銅板１枚が知られる。この銅板は現在、所在不明だが、拓本が残されている。
黒塚古墳展示館に展示されていた行燈山古墳の説明文によると、拓本から複製された銅板は、長方形で長辺70cｍ、短辺53.8ｍ。片面には内行花文鏡に似た文様を持ち、銅鏡を製作する際に何らかの基準としたのではと考えられている。また、他面には田の字形の文様を有する点が注目されている。似たような銅製品としては、富雄丸山古墳出土の盾形銅鏡がある。
しかし、行燈山古墳（いわゆる崇神天皇陵）の築成時期等については、先にも記したように、石渡信一郎は、古墳の被葬者は倭の五王・讃（イニシキイリヒコ）であり、古墳の築造は440年代末頃としている。問題は、考古学会では、行燈山古墳＝第10代崇神天皇陵、蓬莱山古墳＝第11代垂仁天皇陵、渋谷向山古墳＝第12代景行天皇陵との宮内庁治定をほぼ認めていることであり、石渡が言う、箸墓古墳＝崇神天皇陵、渋谷向山古墳＝垂仁天皇（高）陵、行燈山古墳＝五王・讃（虚像が景行）の陵とは、内容も順番も違っている。これらの相違については、詳細と経緯が複雑で即座に判定しにくいが、今回の旅の目的にもなっているので、この先訪れる資料館の展示物なども参考にして、徐々に理解を進めていくことにしたい。