東又泉(アガリマタイジュン)からビンジルガナシへ向かう遊歩道は、駐車場のトイレの上を通るが、その道端にアマミノクロウサギの糞がたくさん転がっている。当部集落では庭先にも遊びに来るというアマミノクロウサギだが、一体何を食べて、こんなところにも出没するのだろうか?
この祠内にある人頭大ほどのくびれを持つ石のことを、当部集落ではビンジルガナシと呼び丁寧に祀っている。この一帯は集落でテラと呼ばれ、その後背に聳える山はカミヤマと呼ばれ、草木の伐採が禁じられてきた。そのためこの一帯にはオキナワウラジロガシなどの巨木が群生するなど特徴的な植生が残っている。
このビンジルガナシの詳しい由来は不明だが、『徳之島事情』(明治28年)によると、旧正月に大祭を行ってこれを祀り、毎月一日と十五日には守人(管理者)が祭祀を行なっていたとされる。伝承によると、松福嘉美という人によって神事が最初に行われ、代々その子孫によって神事が継承されてきたというが、近年ではその継承者も絶えてしまい、集落によって祠が造られ、集落の守護神として祀られているという。
このあたりにもアマミノクロウサギの糞がたくさん落ちていた。アマミノクロウサギはカシやスダジイからなる常緑広葉樹林や二次林に生息し、渓流周辺の石の上や林道などの一定の場所に糞をするという。食生は植物食で、ススキやボタンボウフウなどの草本、アマクサギやエゴノキなどの木本、杉やみかんなどの樹皮、スダジイの果実、筍などを食べる。左下の糞は、かなり新しい糞であろう。
ビンジルガナシの前の道を奥に進むと巨木が現れる。このオキナワウラジロガシ(Quercus miyagii)は、奄美大島、徳之島、沖縄県の山岳地に分布する日本固有種。巨大な板根に支えられ、樹高20mの巨木になる。秋には日本最大級のドングリがたくさん実る。材は硬堅で緻密、沖縄では古くから琉球建築の建材として用いられた。
駐車場前の鬼塚街道を奥に進み、南部ダムを左に分けて、右の当部林道に入ってまもなく、アマミノクロウサギ観察小屋に着く。アマミノクロウサギが小屋近くにやって来るように、付近にはウサギが好む植物が植えられ、移動に使うトンネルも設置されている。アマミノクロウサギは夜行性なので、日中に姿を見ることはない。小屋の裏手と南部ダム近くに設置されているビデオカメラで記録した映像を、事前予約すれば小屋の中で見ることができる。アマミノクロウサギの祖先は、奄美群島が大陸と陸続きになっていた時代(約1000万年前)に渡ってきて、約100万年前に海の水位が上がって高い山のある奄美大島と徳之島に取り残され、独自の進化を遂げてきた。
アマミノクロウサギは奄美大島と徳之島の固有種で、黒い毛皮、短い足、穴を掘るための大きな爪を持つ。成長すると体長は50cmほど、体重は最大3kgになる。多い年で年2回繁殖し、うさぎとしては珍しくほとんど1度に1頭だけ子を産む。「生きた化石」とも呼ばれ、特別天然記念物に指定され、環境省レッドリストでは絶滅危惧1B類とされる希少動物で、徳之島での推定個体数は1,500〜4,700頭(2021年現在)となっている。ちなみに奄美大島では10,000〜34,400頭と推定されている。
こちらのアサガオに似た花は、帰化植物のモミジヒルガオ(Ipomoea cairica)というヒルガオ科サツマイモ属の宿根草。別名、タイワンアサガオ、モミジバアサガオ、モミジバヒルガオという。熱帯アジア〜アフリカに広く分布している。葉がモミジのように掌状に5〜7裂するので命名されたが、実際には全裂、ほぼ掌状複葉に近い。熊本県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県で定着が確認され、強健なため「生態系被害防止外来種」に指定されている。
この小さな蝶は、南西諸島で最も普通に見られるシジミチョウである、ヒメシルビアシジミ(Zizina otis )の雌に違いない。トカラ列島以南の西南諸島に分布する。一般にシジミチョウの判別は、翅裏の斑紋で行うのだが、雌の翅表の違いは少ない。ただし、この雌の蝶の翅表の基部に弱い青藍色班があるので、ヒメシルビアシジミと判別する。
帰りの空港へ戻る前に時間があったので、天城町岡前集落にある西郷公園を訪れた。その入り口近くで見かけた、この真っ赤な花は、テイキンザクラ(Jatropha integerrima)というトウダイグサ科ナンヨウアブラギリ属の常緑低木である。提琴とはバイオリンのことで、葉の形がバイオリンを連想させることによる。西インド諸島原産で、庭木や公園樹に用いられる。花は5弁で見かけはサクラに似て、鮮紅色で集散花序につく。花期は3〜9月だが、春に花数が多い。樹液、果実、種子は非常に有毒で、摂取すると重篤な病気を引き起こすので注意が必要である。